継続は苦痛なり
- たけうちてつや
- 2020年8月30日
- 読了時間: 3分
初志貫徹が出来る人って強いですね。
でもイチローが
「初志は忘れちゃいけないけど、持ち続けてもいけない」というようなことを過去におっしゃってて、印象的でした。
いったいそれはどういうことなのだろう??と当時の僕は理解に苦しんで夜しか眠れませんでしたが、
ここ数年でその意味がやっとわかってきたように思います。
やっぱり、初めの頃の情熱や憧れだけでは、限界ってくるんですよ。
限界というか飽きと言いますか。
そうなったとき、「あの頃の情熱を維持できない自分はなんてダメなんだ」って思いますよね。
でも、そうやって自分を責める必要はない・・・・・・イチローの発言にはそういう寛大さが隠れてる気がしているのです。
いつまでも初志頼みでどうするんですか・・・と。
つづけることが義務になっちゃって、楽しくなくないですか?と。
大事なことは、今、新しく喜びを見出していくこと。
今から、自分が新しく歩み出していけるように、工夫していくこと。
工夫って言うと固いかな?
「やっべ!おもしろ!!」って気持ちになれば、人って自ずと走っていけますよね。
そこに自分を持っていけるかどうかです。
それって、いくら輝かしい過去だとしてもそこ(初志)に固執していたんじゃぁ見出せなくないですか?
イチローの発言の、僕なりの解釈が以上です。
ただ、今の自分は初志あっての自分ですから、
つまり前を向いていたら自ずと初志貫徹してることになるのかもしれないですね!!
つづけていくってこと、美徳とされがちですけど
みなさん、そして僕も、無理しないようにしましょうね。
あ、そうそう
ちょっと面白いなってこないだ思ったのが、
僕ってブログで何度も言ってるように、
ある時は燃え上がって、ある時は落ち込みまくって、
その落差がまぁすごいんです。
1か月すげぇ前進できたら、そのあとの1か月は抜け殻みたいな感じなんですね。
人生の勝ち組と負け組の気分をどっちも味わえて得してるかもしれないですけど、
当然落ち込んでる時って人との交流は減るじゃないですか?
だから意外に、僕が落ち込むのを知ってる人って少ないんですよ。
それは逆も然りで、わざわざ元気ないときにそれをアピールする人っていませんよね。
だから僕から見ても、誰かの落ち込んでる姿っていうのは見えにくいわけです。
落ち込み期間を経て元気が戻ってバリバリ活動し始めると、人との交流ってまた増えていきますよね。
すると、ある人にとっては 「たけうち君はずーっと活動できてて凄い」 ってことになるんです。
そう実際に言われたんです。
ほえ!??
あ・・・そうか!この人は僕が落ち込んでた期間を知らず、僕が活動してるときだけ目に入るから、
いつも活動しているように見えるのか!な~るほど!
「いやそんなことはないんですよ~、僕もダラダラしちゃうんですよ~」と事実をお話ししましたけどね。
この何が面白いと思ったかというと、
さっきも言ったように つづけることって美徳とされがちじゃないですか?
じゃぁ、つづけてると人に「思わせたら」それは称賛に値するってことなんですよ(笑)
例えば Aくんは 1年の間で1月~3月まで活動的で、4月~9月までは何もしなくて、でも10月~12月はまた活動的になったとします。
トータルすると半年間しか活動してないんですけど、
もし1月~3月のAくんを見てくれてた人がいて、4月~9月はたまたま縁がなくて、10月~12月に再会したとしたら、
その人にしたら 「Aくんは一年中活動していてすごいなぁ」 ってなっちゃいません?
このからくりだってばよ!!
最終的に何が言いたいかというと、
ブランクができても気にしなくていいってことです。
また歩み始められたら、それはつづけられてるってことなんです。
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